神戸は、明治維新とともに開港し、飛躍的な発展を遂げた街です。海と山に囲まれた狭い市街地にもかかわらず、大正の中頃には東京や大阪とともに三大都市のひとつに数えられるほど繁栄を誇りました。
“東洋一美しい”と讃えられた旧居留地には数多くのモダン建築が立ち並び、港湾部には国際貿易港ならではのダイナミックなインフラ施設や倉庫群が。日本人と外国人が共生した山麓の「雑居地」には、今も暮らしとともにある異人館、様々な宗派の教会堂。さらには財界人の本邸が並ぶお屋敷街。瀟洒なホテル建築や別荘が連なるリゾート地。中国に迷い込んだかのような南京町。驚くべき文化の多様さを誇る「神戸らしさ」を、日本の近代化を体現するこの街の記憶を、何より全身で語るのが、神戸のモダン建築です。
神戸大空襲や阪神淡路大震災は、その多くを損失させました。空襲の爆撃痕や倒壊の傷痕、残材を使い復興を果たした西洋館。激動の時を経て今を生きる建築には、私たちが歩んできた記憶が、困難を乗り越えようとした人々の思いが、なまなましく刻まれています。
神戸という街の記憶を全身に宿す建築が、年に一度、一斉に扉を開く。今年10月下旬には大阪で、建築公開イベントの先駆け「イケフェス大阪」が。11月上旬には「京都モダン建築祭」の開催が予定されています。ここに11月下旬、日本の近代化を象徴する都市・神戸の建築祭が加われば、京阪神の三都市から建築を開いていく大きなうねりが生まれます。「モダン建築」を多くの人に開くことで、建築とその記憶を未来へと繋いでいく、大きな一歩を踏み出したいと思っています。
2023年11月24日(金)〜26日(日)の3日間、神戸に現存するモダン建築を一斉公開します。年に一度恒例の建築公開イベントとして、神戸の魅力を全身で体感できる機会をつくります。
都市の魅力を全身で物語る建築文化を多くの人と共に楽しみ、受け継いでいけるように。次の世代を担う若者やこどもたちが、こうした建築を守りたいと思ってくれるように。建築そのものの素晴らしさができるだけ生き生きと伝わるように。建築祭を通して「建築を楽しむ」という建築文化の醸成も目指しています。
そのためにも、愛情の伝播、発見と学び合いを大切にしたいと考え、専門家がその見方を熱く語るオーディオガイドや、所有者や専門家等によるスペシャルツアーも実施。神戸の書店や、モダン建築に関係する飲食店・ホテルとの連携も企画しています。
山と海が近接し、少し歩けば美術館や博物館が点在する――神戸の街は、生活環境としては日本一の街だと思っています。とりわけ元町の旧居留地や、北野の異人館周辺は、世界でもまれにみる美しい街並みを誇っています。港町ということもあり、様々な異文化が混在しながら、全体として一つの街並みを形成しているのも魅力の一つです。しかし神戸の街はその魅力を十分に発信出来ていないのではないかと常々考えていました。
1868年の開港以来、輸入港として発展を遂げてきた神戸は、オリエンタルホテルのカレーや、フロインドリーフのパンなどに代表されるように、西洋の文化がしっかりと街に息づき、モダン都市としての基礎を築きあげてきました。建築においても、京都や大阪とはまた違う、独自の文化が根付いています。例えば明治以降、海外から住み着いた実業家たちが、自国の生活習慣を取り入れながら建てた北野町の異人館は、日本人の伝統技術と西洋的感性との葛藤の中で生まれたからこそ、「ここにしかない」独特な魅力を持つに到っています。
「神戸モダン建築祭」は、こうした神戸の街の魅力を、建築という観点から再発見し、広く発信するという意味で大きな可能性を持ったイベントだと思います。壊滅的な被害を受けたあの震災からもうすぐ30年。人々の頑張りによって復興を成し遂げ、美しい街並を取り戻した神戸のまちを、一人でも多くの方々に見て頂くためにも、イベントの成功を期待しています。
撮影:閑野欣次
1941年大阪生まれ。独学で建築を学び、1969年安藤忠雄建築研究所設立。代表作に「光の教会」、「ピューリッツァー美術館」、「地中美術館」、「上海保利大劇院」、「こども本の森 中之島」、「ブルス・ドゥ・コメルス/ピノー・コレクション」など。1979年「住吉の長屋」で日本建築学会賞、1993年日本芸術院賞、1995年プリツカー賞、2005年国際建築家連合(UIA) ゴールドメダル、2010年文化勲章、2013年フランス芸術文化勲章コマンドゥール、2015年イタリアの星勲章グランデ・ウフィチャ―レ章、2021年フランスレジオン・ドヌール勲章コマンドゥールなど。イェール、コロンビア、ハーバード大学の客員教授歴任。1997年から東京大学教授、現在、名誉教授。
いつか大阪、京都、そして神戸の3都市でオープンハウスができればと思っていましたが、こんなに早く実現する日が来るとは思っていませんでした。各都市の個性を大切にしながら、うまく連携して京阪神の建築文化を盛り上げていきたいと思います。
生きた建築ミュージアム大阪実行委員会事務局長。近畿大学准教授。建築家。作品には、大正時代の銀行をリノベーションした『丼池繊維会館』、木造長屋を再生した『北浜長屋』などがある。主な著書は『生きた建築 大阪』(共著)、『新・大阪モダン建築』(共著)など。
近年、建築鑑賞は学術的な世界だけでなく、一般の人々にも広まり、楽しまれています。大阪のイケフェスから始まり、京都モダン建築祭、そして神戸モダン建築祭へと展開していくこの傾向は、歴史的建築物が放つ魅力が私たちの生活を豊かにしてくれることを示唆しています。ともにこの祭りを盛り上げ、建築文化が未来をつくる鍵を見つけませんか。
一級建築士/学芸員。京都市京セラ美術館企画推進ディレクター。1994年、早稲田大学大学院修了。2003年から森美術館に在籍し「建築の日本展」(2018年)、「メタボリズムの未来都市展」(2011年)などの建築展を企画。2019年より現職、「モダン建築の京都展」(2021年)を手掛けた。森美術館における一連の建築展企画で、2019年度日本建築学会文化賞受賞。京都モダン建築祭実行委員。
28年前、神戸は未曾有の震災を経験しました。街を形づくってきた建築が、一瞬のうちに瓦礫となった光景。それは、自分たちのアイデンティティをも損なった瞬間でした。
私たちは語り継いでいきたい。開港場として小さな寒村が瞬く間に変貌したこと。日本人と外国人がともに働き、ともに暮らしたこと。空から落ちてくる焼夷弾の恐怖。高度経済成長の熱狂。そしてあの震災。様々な痕跡が刻まれた建築は、私たちが生きた記憶そのものです。かつてこの街に生きた人たちと、これからを生きる人たちを繋ぐ結び目です。
激動の時を経て今も大切に受け継がれる建築が、年に一度、一斉に扉を開く。神戸の「モダン建築」の存在とその素晴らしさを、多くの人とともに味わいたい。そして建築とその記憶を、未来へと繋いでいきたい。そう願っています。